言葉を飾り、態度を良く見せて人に気に入られようとする振る舞い—孔子はこれを「巧言令色、鮮矣仁!(仁が少ない)」と厳しく戒めました。
本記事では、この『論語』の教えを出発点に、現代のビジネスやSNSに潜む「媚びへつらい」の正体を見ていきましょう。
なぜ偽りの愛想があなたから真の信頼を遠ざけるのか。
そして、儒学・仏教の智慧を借りながら、損得勘定ではなく「誠実さ」を軸にした人間関係を築くための実践的な方法を探ります。
孔子の警句:「巧言令色、鮮矣仁!」の定義
子曰:「巧言令色,鮮矣仁!」
Zǐ yuē: “Qiǎo yán lìng sè, xiǎn yǐ rén!”
(簡体字:子曰:「巧言令色,鲜矣仁!」)
書き下し文:「子曰はく、巧言令色鮮し仁。」
意味:
先生が言われた。
「言葉を飾って巧みなことを言ったり、表情や態度を良く見せたり、外見の飾りに心を尽くし、人を喜ばせることに努めるならば、本心にあるべき仁徳は失われてしまう。」
表面的な振る舞いの危険性:「巧言令色」の定義と儒学の教え
「巧言令色:qiǎo yán lìng sè」は四字熟語として、現代でも使われています。
「巧言」は言葉巧みなことを言うことで、
「令色」は表情や態度をよく見せることを言います。
外見の飾りに心を尽くし、人を喜ばせることに努めるならば、その人は私欲をほしいままにし、本心にあるべき仁徳は失われてしまうのです。
媚びへつらう感じで、その人に気に入られたいという下心があるということになります。
偽り、飾り、私欲が動機なわけです。
孔子はあえて仁が少ない(鮮)と表現しましたが、仁が全くないことは暗にわかり、
学習者は深く戒めることになると朱熹は言っています。
「巧言令色」は仁ではないことを知れば、
すなわち仁が何であるかを知ったことになる。
と宋代の儒学者である程子が言ったように、抽象的な「仁」を直接的に定義しようとするのではなく、「仁ではないもの」(非仁)を明確に認識することから始めるべきだと示しました。
言葉を飾らず誠実であること、私心なく人を思いやることも「仁」の本質なのです。
現代社会に潜む「巧言令色」:ビジネスとSNSに見る偽りの姿
現代の生活でも見られる「巧言令色」の例を見てみましょう。
・上司や目上の人には極端に愛想良くするのに、下の人や利益のない人には冷たく横柄な態度を取る。
→基準が損得勘定
・本人の前では親しげにするが、陰では悪口や誹謗中傷する。
→表面的な愛想は欺瞞
・SNSで「いいね」を集めるために過度な理想の自分を演出
→真の交流や共感ではなく、自己顕示欲や虚栄心を満たすことが目的
・中身がないのに言葉巧みに飾り立てるプレゼン
→自分の評価や一時的な賞賛を得ることが目的
また、一見丁寧な接客に見えても、本当に顧客のためになる誠実な提案や社内の仲間への配慮・思いやりがなければ、自分の評価や契約という損得勘定が動機となってしまいます。
これらはでも「口業」として戒められます。
「妄語」(嘘偽り)
「綺語」(飾り立てた無益な言葉)
「悪口」(乱暴な言葉や人を傷つける言葉)
「両舌」(一方にいい顔をし、他方で悪口を言う二枚舌)
実践編:言葉の受け止め方と人間関係の選び方
自分では「巧言令色」の振る舞いをしないように気をつけるだけでは不十分で、それらに対してどういう反応をするかも重要であると『弟子規』には書かれています。
聞過怒 聞譽樂
損友來 益友却
wén guò nù,wén yù lè
sǔn yǒu lái,yì yǒu què
「過ちを指摘されたら怒り、褒められたら喜ぶ。これでは、自分に害のある人が寄ってきて、逆に良い友は次第にあなたから離れていく。」
これでは「巧言令色」を相手に求めているのと同じです。
よって、仁のある人はあなたから離れていってしまうわけです。
正直なことばかり口にしていては、関係が悪くなると思いますよね。
しかし、それならば口数を減らすのが得策なようです。
話說多 不如少
惟其是 勿佞巧
huà shuō duō,bù rú shǎo
wéi qí shì,wù nìng qiǎo
「口数多いより少ない方が吉。事実に合うことだけを口にし、決して媚びへつらうことを言うべからず。」
偽りの愛想ではなく、静かなる誠実さを極めましょう。それこそが、孔子の教えに沿った信頼と仁の道なのです。
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